Charade / Alice

・Charade (1995) / Alice / CD (wea 0630 10417 2)

L'apparenza
Dammi la mano amore
In piedi su uno specchio
Il silenzio delle abitudini
Charade
Gli ultimi fuochi
Non ero mai sola
Nel resto del tempo
Il nido del gatto
Sotto lo stesso cielo
Dammi la mano amore (Devogue Version)
La fronte mormora
Trey Gunn(1,2,5,7,8,10)
California Guitar Trio(6,12)
Paul Richards(E-bow 3,6)
Stuart Gordon(2,5,7,8,12)

加藤登紀子の声に似ているが、彼女よりも深みのあるアルトで歌うAlice。SG(特に2,8ではソロをたっぷりと聴け、もう何もいうことはございません)の他にTrey Gunnも参加していて、彼が1,2,5,7,8,10で弾くWarr Guitarがどういう楽器かわからず、実物写真を製造元サイトで見て「この楽器を選んだのは相当音が気に入っているからなんだろうな」としか素人には思えない、弾きにくそうな(ステージ写真も変わった構えで弾いている)太いネックに驚いた。

CDケースを開けディスクを取り出すと、見開きいっぱいになびく金色のススキの穂波!
すばらしい作品でも、日本盤が出ない限り知る、または聴く機会のない人たち(自分を含め)に素通りされてしまうことが本当に残念。
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# by drift_glass | 2005-01-14 23:39 | 聴く  

100 Windows / Massive Attack

100th Window (2003) / Massive Attack / CD (Virgin 7243 5 81239 2 0)

Future Proof
What Your Soul Sings
Everywhen
Special Cases
Butterfly Caught
A Prayer For England
Small Time Shot Away
Name Taken
Antistar
vocals : Sinéad O Connor, Horace Andy, Robert Del Naja
additional instrumentation : Angelo Bruschini, Damon Reece, Jon Harris, Stuart Gordon, Skaila Kanga

タールのように溜まるリズムと浮揚感とのコントラストが絶妙な"100th Window"のあまりの気持ちよさにうとうととしてしまう。 Horace Andyの出番は期待に反して少ない(2曲くらいか)が、今回半数以上の曲で歌うSinéad O ConnorのヴォーカルとMassive Attackの相性もいい。

Massive Attackはブリストルを拠点とするユニットで、Robert Del Najaと共同でプロデュースしているNeil Davidgeの友人Stuart Gordonも幽玄な音色を提供している。 XTCとPHとMassive AttackがSGで繋がるわけで、XTC(というよりAndy Partridgeだが)関連作品を芋蔓式にたどって聴いていた頃を思い出し、御大繋がりでは独特の癖のあるアレンジを、今回はまったく関係なさそうなアーティスト同士がストリングスで繋がるのを楽しんでいる。クレジットを見て気がついたが(もともとPHとDave Gregory繋がりで聴いたAliceの)"Charade"にも参加しているではないか。
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# by drift_glass | 2005-01-11 23:43 | 聴く  

Apartment Zero

・『アパートメント・ゼロ』
深夜からレーザーディスクで観始め、筋も台詞も覚えているので眠くなったら止めよう、と軽く考えていたが結局最後まで観てしまった。エイドリアンがアパートの階段から転落したところで一旦ディスクを交換しなくてはいけないのが手間。

英国贔屓の人をAnglophileというそうで、きつく巻いたこうもり傘を天気にかかわらず持ち歩くエイドリアンも部屋を借りたいという男の勤め先を聞くと「ハロッズ(ここがポイント高そう)の裏だ、ここから歩いて行ける」。 17年住んでいたイギリスからブエノスアイレスに戻っても友達もなく(自分から作る性格でもない)支配人をしている名画座と自宅を往復するだけの毎日と思われるが、「ハロッズ」にはイギリスを懐かしんでたまに行っているのかもしれない、という深読みもできる。そもそも男の第一印象=ジェームズ・ディーンだから悪かろう筈もないし。

エイドリアンと男が映画に関するクイズを出し合う場面が何度もあり「ジョン・ヴォイト」「アート・ガーファンクル」「アンソニー・パーキンス」でエイドリアンが『キャッチ=22』と即答。
「失敗作だがガーファンクルは他の出演作より良かった」
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# by drift_glass | 2004-09-24 21:57 | 観る  

息子のまなざし

・息子のまなざし / ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督 (2002) / 103min.

原題 "Le Fils" 仏・ベルギー合作
”果たして人間はもっとも憎い人間を受け容れることができるのか”

撮影が終わる夕方ごろになると俳優も疲れてきて、計算した演技ができなくなる。ダルデンヌ兄弟によるとその時のテイクが一番いいんだそうだ。「オリヴィエに自分のしていることがわからなくても、観客がわかっているのだからわざとらしい演技は必要ない」と同名の主人公オリヴィエを演じたオリヴィエ・グルメが説明する。

彼は息子を殺した少年に復讐する機会を狙っているようにも、また赦そうと精一杯努力しているようにも見えるが、常に腰を締めつけている幅広の革ベルトで感情まで抑えこんでいるかのように殆ど表情には出さない。自分が殺してしまった子どもの父親がオリヴィエとは知らない少年に「後見人になってほしい」と頼まれた時、彼は少年のコップと並んだコーヒーカップをすっと自分の方に引き寄せる。ありふれた動作で生じる距離感が見た目よりはるかに大きい。

製材所。積み重ねた材木と材木の間に挟まれた木片を「木を乾燥させるためだ。生乾きのままでは」とオリヴィエが説明しかけ「木がそってしまう」と自分の罪を恥じ不眠症に苦しんでいる少年が受ける。 2枚の板は癒えない傷口を抱えたこのふたりの関係に似ている。
「音による効果を与えたくなかった」という監督の意向で音楽も一切ないが、撮影に13週間もかけ、少年役が演技経験ゼロ、と知って驚いた。
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# by drift_glass | 2004-09-03 21:55 | 観る  

爬虫類園

・J.G.バラード「爬虫類園 (The Reptile Enclosure)」(1963)

発表はバラードのほうが先の筈だが、昔シチュエーションがよく似た筒井康隆(子どもの頃この作家以外の本を殆ど読んでいないから多分そうだと思う)の、タイトルは失念したが短篇を思い出し、結末の予想がついて途中からむずむずしていた。あれよ、レミングの群れ。続々とおしよせる人の群れで一杯の浜辺から沖へと歩を進める無表情な海水浴客たち。本は手元にないし筒井作品は膨大な数にのぼるし(「陸族館」という似た題名の短篇があったが)解決しない疑問をかかえて悶々。
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# by drift_glass | 2004-09-01 20:54 | 読む  

Judee Sill "Heart Food"

・Heart Food / Judee Sill / CD (RHM2 7802)

There's A Rugged Road
The Kiss
The Pearl
Down Where The Valley Are Low
The Vigilante
Soldier Of The Heart
The Phoenix
When The Bridgeroom Comes
The Donor

[JIG]
The Desperado (outtake)
The Kiss (demo)
Down Where The Vallwys Are Low (demo)
The Donor (demo)
Soldier Of The Heart (demo)
The Phoenix (demo)
The Vigilante (demo)
The Pearl (demo)
There's A Rugged Road (demo)
Judee Sill(1944-1979)

RHINO HANDMADEによると1st、2nd(このアルバム)とも5000枚限定の再発盤とのことだが、シリアルナンバーは2037/2500だから1stの売れ行きが悪く半分に減らされたのかもしれない。
Judee Sillは自分の作品を"country-cult-baroque"と呼んでいたそうだ。「The Donor」は荘厳な男声・女声合唱が"Kyrie Eleison"(主よあわれみたまえ)と繰り返す鎮魂歌。無理強いされた強盗の共犯で捕まり9ヶ月収容されていた矯正施設(LSDでハイになった夫がバイクごと川に飛び込み、既に未亡人だったSillはまだ10代)で教会のオルガン奏者を務めている時に教会音楽のコードや合唱を学んだそうだ。デモヴァージョンはコーラス部分もSillひとりで歌い、一心に祈りを捧げる人を思わせる低い呟きが完成版よりかえって凄味がある。

「The Kiss」を「今までに作られたもっとも美しい曲」とラジオで紹介したAndy Partridgeが「Pale And Precious」のような曲を作るのもなんとなく「ああそうか」という気がする。

ドラッグ代欲しさに娼婦をした時期もあるというSillはこのアルバムを発表後交通事故に遭い、尾てい骨骨折と傷めた背中の慢性的な後遺症から逃れるため断っていたヘロインに再び依存するようになり、1979年に過剰摂取で亡くなったという。
The Old Grey Whistle Test (Vol.2)のDVDに彼女の(イギリスで現存する唯一の)映像が収録されているのに目当てのアーティスト映像しか見ていず、人に指摘され初めて気がついた。 BBC映像ライブラリーの底力か。
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# by drift_glass | 2004-08-25 09:22 | 聴く  

マウス

・アート・スピーゲルマン『マウス (A Survivor's Tale)』(晶文社)
My Father Bleeds History (mid 1930s to winter 1944)
・アート・スピーゲルマン『マウスII (And Here My Troubles Began)』(晶文社)

f0134076_12491368.jpgFrom Mauschwitz to the Catskills and Beyond
"Maus is a book that cannot be put down, truly, even to sleep. When two of the mice speak of love, you are moved, when they suffer, you weep. Slowly through this little tale comprised of suffering, humor and life's daily trials, you are captivated by the language of an old Eastern European family, and drawn into the gentle and mesmerizing rhythm, and when you finish Maus, you are unhappy to have left that magical world."--Umberto Eco
ホロコーストを生き抜いた両親から生まれたアーティ(アート・スピーゲルマン自身)が父親の拝金主義と吝嗇ぶりにあきれる様子がおかしさをまじえて何度も登場するが、物のないアウシュヴィッツではトイレでも衣類の切れ端や手を使うしかなく、カポー(収容所で比較的いい待遇を受けていたナチ協力者)の食べたチーズの包み紙をもらって便箋用に大切にとっておいたという父親が、戦後アメリカで何不自由ない暮らしを送れるにもかかわらず「乞食のような」生活、店のトイレに備え付けのペーパータオルを何枚も失敬してきたり、落ちている電話線を「ものをしばるのにいい」と拾ってくるのを笑える人はいない。
父親は言う「ただで見つかるのに、なぜおまえはいつも買いたがるんだ?」
「やあね。わたし、あんなふうに生きていくくらいなら、死んだほうがましだわ。」
「え?食べ物を返品すること?」
「ヴラデックの体験したすべてがよ。彼が生きのびたのは奇跡だわ。」
「うーん。でも、ある面では彼は生きのびなかったんだ。」(マウスII p90)

キャッツキルとはニューヨーク州のハドソン川上流にある実在の山脈。マウシュヴィッツからキャッツキルへ、というのは単なる語呂あわせではなかったのだ。
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# by drift_glass | 2004-07-17 21:19 | 読む  

家の中の見知らぬ者たち

・ジョルジュ・シムノン「家の中の見知らぬ者たち」

f0134076_7283893.jpgL'Inconnu dans la Maison

今まで読んだシムノンの作品で主人公(『リタと大学教授』のブライアント教授に境遇が似ている)が心の平穏と生きる力を取り戻すのは初めてだ。1992年の映画では初老のジャン=ポール・ベルモンドがこの酒浸りの弁護士をどう演じていたんだろうな。
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# by drift_glass | 2004-06-18 22:09 | 読む  

妻は二度死ぬ

・ジョルジュ・シムノン『妻は二度死ぬ (Les innocents)』
「しかし、アネットは私のことをそれほど愛してくれたわけじゃないんだ。
彼女は、私の妻だったし、妻としての務めをはたすために私を愛してくれたようなものだったんだよ。
けっしてそれ以上じゃなかった、……そう思わないかい」(p184)
「奥様はだんな様の生き甲斐をとりあげてしまうほどむごい方じゃなかったんでございます……
だんな様は奥様を信じきって、お幸せでいらっしゃいましたし……
まるで気持のいい真綿にくるまってらっしゃるように……」(p212)

シムノン作品にはもともと妻や母親の存在が希薄だったが、
『男の首』である人物がメグレに語った
「自分もやっぱり死ぬ時に母親を呼ぶかどうか、そいつにちょっと興味があるんですよ」
という言葉が作家の本音かもしれない。

『母への手紙』
発表当時当時シムノン71歳/母親の死から三年後。
お母さん、あなたが生きている間、ぼくたちは愛し、愛されたことがなかった。
二人とも愛し合っているようなふりをしていただけだ。(『母への手紙』)

相当深いところに根ざしていることが窺える。
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# by drift_glass | 2004-05-20 20:03 | 読む